知らない土地で、ひとり過ごすのが好きだ。知らない土地で、ひとり歩くのが好きだ。ひとりであることを実感するのが、とてもとても好きだ。
知らない土地で過ごすことが好きなのはきっと、人としてあやふやになる瞬間と、それが続く時間を味わうのが好きだからだ。
通りを渡ろうと踏み出す瞬間、ホテルの廊下を明るいほうへ明るいほうへ歩いてみたくなった瞬間、ふと呼ばれた気がして雑踏を振り返る瞬間。意図しないときに、それはやってくる。感覚すべてが揺らぐような錯覚を覚えて、はっとする。
知らない場所でひとりで朝食を食べているときなんかには、いっそう自分があやふやになるような心地よさに包まれて、恍惚とすることがある。光の色まで変わって見えるような、何もかもがはじめて目にするような、忘れることのできない光景として、焼きつけたみたいに刻まれる。
不思議ではあるが、自分があやふやになるということは、同時に、自分自身の存在がくっきりすることでもある。何よりもあやふやで、何よりもくっきりした自分。相反するふたつの状態が自然に溶け合う時間が私を生かすのだとわかる。
世界は近くて遠くて、自分はここにいて、愛する人は遠くにいる。自分の論理を通せるのは自分だけだと深く感じる。雑踏の中にいて、気持ちはごく静か。そんな時間をかけがえなく思い、ぐいと抱きしめる。