日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所 アクセシビリティ・センターが主催する「アクセシビリティ・フォーラム2009 〜10年目のWebアクセシビリティー 次の10年に向けて、今考えること〜」に参加してきた。
メモして帰ってきた内容をざっくりとまとめたが、長い。ざっくりとはいえ、長い。
IBMの取り組みの歴史
創立以来、障害者を雇用。社員が円滑に仕事ができるよう、音声出力タイプライター、点字プリンタなどを開発。視覚障害者向けのソフト、音声認識ソフト、ホームページリーダーなどを開発。社会に還元するための「アクセシビリティフォーラム」を98年から開催。
情報バリアフリーに関する総務省の取組
総務省 情報流通行政局 情報通信利用促進課 課長 平林 正吉 さん
- 誰もがICT(Information and Communication Technology)を利用しやすい環境整備の施策について
- ガイドラインおよびJIS X-8341-3、ITU-Tでの国際標準化までの経緯
- みんなの公共サイト運用モデル策定の経緯と研究会の活動について
- 電子政府ユーザビリティガイドラインについて
- 字幕、解説放送の努力義務化について
- 電話リレーサービス(聴覚障害者と健聴者間の電話緊急連絡)について
Webアクセシビリティの過去と未来 - これまでの10年、これからの10年
日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所 IBMフェロー 浅川 智恵子 さん
- PCの持つ可能性を多くの障害者に届けたくて、研究に入った
- 研究所にいたので、早い時期に可能性に気付いた
- ネットを通じて視覚障害者の世界は広がるコトを実感した
ソーシャル・アクセシビリティ
- 2008年、ソーシャル・アクセシビリティという新たな取り組み開始
- アクセシビリティのメタデータとユーザの参加を積極的にするため、プロジェクトを立ち上げた
- モデルメタデータに登録したボランティアに自動的に配信
音声合成について
- 副音声の作成にはコストがかかる
- 音声合成が利用できればコストの削減にもなる
放送のアクセシビリティについて
WGBH=ボストン公共放送局のLarry GoldbergさんとNHK放送技術研究所の伊藤さんからは放送や字幕のアクセシビリティについての講演があった。
PBS NewsHour では10年分の字幕にインデックスを付けたそうだ。字幕がテキストとして検索できればデータベースに利用できるし、字幕を検索してタイムラインを探し出すこともできる。
NHKでは字幕コンテンツをメタデータとして使った検索システムも考えられているそうだ。収録番組の字幕は後処理で行い、30分番組の字幕制作にだいたい数時間かかるとのこと。MLBの中継の字幕は音声認識でつけているそうだが、興奮した状態のトーンでは音声認識ができないので、スポーツ中継などでは別のアナウンサーが別室でリスピーク・認識させる、という方法を取っているものもあるそうだ。
TVML (TV program Making Language)というテレビ言語による手話CGの生成は興味深かった。
パネルディスカッション 「マルチメディアのアクセシビリティを考える」
- モデレーター:早稲田大学 人間科学学術院 教授 市川 熹 さん
- 株式会社インフォアクシア 代表取締役社長 植木 真 さん
- 株式会社ミツエーリンクス 取締役兼R&D本部長 木達 一仁 さん
- NHKオンデマンド室 副部長 所 洋一 さん
- 花王株式会社 Web作成部 Web技術室長 本間 充 さん
マルチメディアコンテンツのアクセシビリティを中心に、今後のWebアクセシビリティについて討論するという趣旨だった。
はじめにパネリストの皆さんそれぞれからお話があり、花王・本間さんからの「マルチメディアコンテンツの保管の問題」と「マルチメディア情報の保管において、メタ情報が欠如している現状」のお話が気になった。本間さんはアクセシビリティを向上させる取り組みの結果、この点の改善が期待できるかもしれないとおっしゃられていた。
以下、抜けなど多々あるかもしれないが、メモしてきた分。敬称略で並べている。完璧なメモではない。
パネラー間で意見交換
- 本間「Flashがあることによってコンテンツの魅力度は上がるが、JISにあるにも関わらず、制作会社は代替テキストを入れない。入れるとコストが上がる。木達さんならどんなディレクションをするか?」
- 木達「動機をどう絞るのか。アクセシビリティだけのためにコストをかけるのは担当者がアクセシビリティに理解がないと難しい。ウェブサイトやガイドラインそのものに絡んでくる課題。担当者が前向きなら、社内を説得する材料とするために情報を提供する」
- 本間「コスト負担は?」
- 木達「矛盾がある。Webは過渡期だと思う。新しい技術を取り入れる必要があれば、最初はコストも時間も多くなる。見積もりは工数ベースなので、実装にはコストがかかる。非常に難しい問題」
- 木達「非常にチャレンジな取り組みをされている。コンテンツをアクセシブルにしようとしている。ストックをオープンにするなどの展開は?」
- 所「ノウハウで職人芸のように作っている。収録番組は人海戦術で文字起こししている。最終版としてのテキストデータはないので、字幕は放送を見ながら作っていくのが現実」
- 木達「日本語音声のキャプションの研究は?」
- 所「伊藤次長が詳しい。様々な研究をして、公開もしていく」
- 本間「権利関係で難しさはないのか?」
- 所「字幕は難しい。ドラマなどは脚本家が書いているし、著作物にあたるので他で売られるとまずい。参照はいいが抜かれるのは困る。テキストデータを守るすべはない。検索目的の用途には期待している」
- 植木「キャプションはこれから徐々につける方向に向かうと思うが、画面にキャプションを表示する時に5秒間に何文字などの基準はあるのか?放送業界での尺・文字数の目安やガイドラインを教えていただきたい。同じように音声ガイドもあるか?」
- 所「あるはずだが今正確な答えがわからない。持ち帰って後日答えたい。Web上では画面を大きくしたいので、オーバーレイを採用。テレビでは画面上に載せている。4行までは出せる。字幕の位置は調整できる」
- 市川「何文字載せるかは口頭での70%まで縮めないと読みきれないという研究報告書があったと思う」
- 植木「現在AdobeがFlashコンテンツの場合に各達成基準を満たすためのテクニックを文書化する作業をしている。来年中には出すらしい。キャプション、音声ガイドのつけ方など。改正JISも同じドキュメントを参照してもらう予定。ドキュメントが公開されたら日本語に公開して公表する予定」
会場からの質問タイム
質問「教育の問題について。大学などの情報教育の視点でアクセシビリティに期待することは何か。特に文系の学生に教えるという観点で、教員ができることはあるか。(教育者から)」
市川「大学内で問題になっていること。少子高齢化で高等教育に進学する人が増えているが、発達障害をお持ちの方の入学も増えている。ウェブ上での登録などが必要になっている大学が多いが、アクセシビリティがよくないがために挫折して進学をあきらめる人が多数出ているらしい。なんでもかんでも情報を提供すると、受ける側で処理できない場合もあるので、そういった点について考えていく必要がある。質問からは少しずれた答えだが、大学内の状況を改善することは大事だろう」
質問「音声を字幕にすると文字が減るという話があった。アクセントや声の質、雰囲気などを盛り込むということはできないのだろうか?(聴覚障害者から)」
市川「先週京都大学で字幕のシンポジウムがあり、同じ質問を自分がした。話者の熱意などの情報は文字にすると抜け落ちるし、全部読まなくてはいけないので読むほうの負担になる。強調部分は色やフォントを変えるなどの可能性は考えられる。普通話をするときは説明字幕でするが、今日のように2画面出しているとパワーポイントの位置が分からなくなる。画面の説明をまずおおざっぱにするようにすれば、効果的と思う。字幕のアクセシビリティを上げるためには、まだ研究が必要」
市川「生放送に対する字幕は感情を表現するところまで至っていない。感情の表現は難しい」
最後に
- 本間「アクセシビリティの問題には、いろいろな立場の人がいる。コンテンツを作っている人も、コンテンツオーナーも、権利者も。商業的関係者が多い。全員が同じ温度間で進まないといけない。合意を取り付けることが重要。必要と思う人は必要と声を上げ続けてほしい。声を上げていれば、一緒に戦える」
- 所「字幕に関して、テレビ業界の情報をこれから外に出していきたい。Webと要素が同じでいいのか議論の余地はあるだろう。率直な意見を出してほしい。最終的にハッピーになれると思う」
- 木達「今後の展望では、もっと自分自身を理解すべき。関係者は理解するプロセスを知るべき。コンテンツや技術はリッチになっていく。しかし、あくまで人間が中心と考えることが重要」
- 植木「これからのアクセシビリティを考えると、マルチメディアは大きい。コストや技術の問題はまだある。しかし、先端技術や試みなどを見て、実現は思ったより早いのかもしれないと思った」
- 市川「ひとつはコストの問題。人間中心という話が出た。HCDという言葉が出てきたが、人と人のコミュニケーションがどうやればうまくいくのかというような認知科学分野の研究なども取り入れていく必要がこれからはあるのではないか。情報が複雑になっているので、受ける側がオーバーフローになってしまう。具体的にどう現場に落としていくか、ガイドラインなどに知恵を落としていきたい」
まとめ
アクセシビリティのことを語る時、最終的に「人間」というキーワードに行きつくのは、当然な結果といえる気がする。ごく自然に行き着くところまで辿れば、人間に対してのアクセシビリティだけではなく、セマンティック・ウェブにも直接的に結び付く取り組みなのではないかと感じている。
Ustreamで第1回ウェブ学会シンポジウムを視聴していた時も、やはり同じような感想を持った。あれは本当に面白かった。普通に全部面白いと感じたけれど、特にサルガッソー・鈴木さんと東大・豊田さんの話にワクワクした。
ウェブの世界はバーチャルであるようでいて、濃密な人間世界でもある。これからますますいろんな垣根が取り払われて、みんながハッピーな時代が来るといい。