昨日のアクセシビリティ:Let's reach out to users!の流れをそのまま受けて、Twitterのタイムライン上で面白いやり取りがあった。
様子は「Togetter:HTML書く人まわりの熱い一日」にまとめてあるので、興味のある方はどうぞ。Hitoyamがまとめたピックアップバージョンの他に、事の発端となったneotagさん本人がまとめた全部乗せバージョンの「マークアップ労働組合会議」もあるので、そちらもどうぞ。
その後、中根雅文さんとのやり取りがあったのだが、中根さんの言葉が簡潔でとても分かりやすかったので、そちらもピックアップしておく。
中根さん(ma10)とのやり取り
すくなくとも「アクセシビリティ=人権」とは見れないなぁ…
— Hitoyam (@hitoyam) 2010年1月21日
それこそ狭義なのじゃないかなぁ…
— Hitoyam (@hitoyam) 2010年1月21日
それを言い出すとデバイドどうなのよって話じゃん…
— Hitoyam (@hitoyam) 2010年1月21日
@hitoyam たぶんその発想は、アクセシビリティという言葉がネットワークへの物理的なアクセスも含む意味を持っている場合に出てくるものではないかという気がします。Webレベルだとちょっと的外れな場合が多そう。ただ公共サービスについてはそういう色合いもあると思います。
— Max/なかね まさふみ (@ma10) 2010年1月21日
@hitoyam アクセシビリティの全体像をとらえてもらうためには、人権的側面についても理解してもらわないといけないのだけど、技術的な話の中でそれを持ち出してくるととたんにうさんくさくなる気がします。僕がアクセシビリティと福祉を結びつけるべきではないと言うのも根っこは同じ話です。
— Max/なかね まさふみ (@ma10) 2010年1月21日
@hitoyam 僕は福祉も人権もアクセシビリティも、身だしなみだったりインフラだったり、やって当たり前、あって当たり前、そういう存在であるべきだと思ってます。だから福祉も人権も絶対におもてなしではない、と。(ユーザビリティはある意味おもてなしかもしれないけど…)
— Max/なかね まさふみ (@ma10) 2010年1月21日
以上、ピックアップ終了。
何が大事か
こういうやり取りや議論があることを、もうすこし一般的に広く知ってもらいたいなってこと。
例えばこんなふうにTogetter上で多少のPVを集めたとしても、Togetterを利用している限られたユーザにしか届いていない。でもそれを見た人が違うサービスやメディアで違う誰かに伝えてくれるかもしれないし、誰かが何かを投げかけなければ波は生まれないと思う。
だから、例え限定されたサービス内のやり取りでも、そこにそれがあること自体が大事。完璧にクローズドなシステムでない限りは。
ウェブの制作側に携わる立場で今回のようなことを考えたことがない人は、はじめから論外なのかもしれない。しかし、個人的には制作とは関わりのない方々にも広く知ってもらいたい内容だと感じている。
インフラとしてのウェブに対して、もっとアンテナを立てる人が増えてくれたらいい。そして、それらを構築する立場の人が今よりもうすこし正当に評価される社会であってほしい。それって、みんなのハッピーにすこし近付くことだと思うのだ。