社内のやり取りの中で、たまたま自分のブログを読み返す機会があって、もう10年近く経っているのかぁ、と感慨深くなった。
2年ほどここでのブログを書いていないにも関わらず、枕詞もなくこんなふうに書き出すのはどうかとも思うが、ブログを書かずに2年近く経っていることも、先のブログを書いてから10年近く経っていることも、自分の中ではそんなに違和感がない。
この数年、自分のブログが書けなくなった。理由は自分の中ではくっきりわかっている。でもじゃあ2日ブログが書けないことと2年ブログが書けないことに大きな差はあるのか? と問われると、別に大した差はないように思っている。自分のブログが書けない状況が2年ほど続いた、ただそれだけのことだ。
10年前に自分が書いたテキストを読み、
ただひとつ、これはコアだと言い切れる専門性は「人と人の活動を増幅させる」こと。それを支えているのがHCDにもとづいた知識と経験であり、ワークショップは典型的なツールのひとつなのである。そしてもちろん、それがすべてではなく、適していると思えばどんなツールや手法を用いてもいい。
これは今もまったく変わっていないなぁと思う。
変わったことといえば、HCDの考え方を基礎にして様々な仕事を続ける中で、ずっとHCD-Netの人間中心設計専門家を保持していたが、今はもう専門家ではなくなったということが挙げられる。
今の私は会社を作る立場で会社の中のことに集中している。会社の中に実装してきたしくみや制度を設計するにあたっては、これまでのデザインスキルそのものを存分に応用することができたなぁと思っている。一時期よく聞いた「デザイン経営」という概念に近いものを、自分なりにまっすぐ実践してきたという気持ちでいるからだ。
でも、実直にデザイン経営をしているだけでは、専門家を維持する条件は得られない。条件を得られない以上、専門家ではいられない。目の前の課題に真摯に取り組み続けた結果なので、特に後悔はない。
というわけで、専門家ではなくなりましたよ、という表明をどこかでしておかないと誤解が生じるので、ここでしっかり表明しておきます。専門家ではなくなりましたので、誤解なきよう。
なんとはなしに新しい感覚になりつつある2026年
なんとなく最近、テキストが書ける気分が戻ってきている。それがどんな変化なのかはよくわからないところもある。書こうかな、と思った時がその時。なのでこのブログを書いた。

なんとなく、以前持っていた感覚ともまた違う、新しい感覚を得ている気がする最近。その感覚をもとに、長考も推敲もなしにただ書いて投げるだけのテキストを、また時々は書きたいなと思う。とはいえ、ここからまた2年書かないとかあるかもしれないけれど。
年始にはいただきものの虎屋のようかんを堪能しました。午年パッケージかわいい。
